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    September 20

    うちのこ。

     
     
     
    儚いけど確かなもので
    触れられはしないのに見ているだけであったかい。
     

    ・・・とは言え、うちのこらはせわしない。

    癒されるようで、いつの間にか目が回ってる。

    そぅやって毎日水槽を見る。

    彼らは確かに生きてて何かしらを学んでて。

    私って個人に懐きはしないけど、餌をくれる人だと学んでくれたのは事実。

    私もダーリンも、人型=ご飯の人。

    そんな方程式でしかないようだけどせわしなく寄ってくる彼らはかわいい。

    出会った日よりも今の彼らがかわいい。


    …あきらか太ってしまったけど。 
     
     
    September 19

    強いひと

     
     
     
    どうしてだろぅか。

    優しい人は決まって強い人だ。
     
    強い人はどぅして優しいのかな。

     
     
     
    September 13

    気付いたこと。

    ~一生懸命生きる幸せ~ 
     
     
    うちは確かに、愛してました

    うちは確かに、愛されてました
     
     
     
     
    このところずっといろんな事がわからなくて
    いろんな事があり過ぎて

    ブログとか、自分の気持ちを表す事を避けとりました。
    お久しぶりぶりKAIMAです。

    もぅいっぱい考えたけど、答えはわからない。っていぅ毎日が続いていく中で、
    おじいちゃんの闘病生活に終止符が打たれ、うちは生まれて初めて近しい人を空へと見送りました。

    それで人生観が大きく変わるって事はなかったし
    ポッカリ穴が空いたってわけでもなかった。

    けど、数日…1週間…って時が経つにつれてよぅやく、いろんなものが見えてきた。

    出会った人。
    去った人。
    今隣りにいる人。
    その人にとっての自分。

    すべてには意味があって、繋がっていて。
    出会って別れてまた出会って。

    うちにはおじいちゃんの死ってのは未だに、ハッキリとした実感としてない。

    死んだんだと自分が理解する為にちゃんと死に顔を見ておけと、
    ある人に言われてうちはちゃんと見た。
    にも関わらず、まだない。

    かと言って理解はしている。
    おじいちゃんはもぅいない。

    だけど。
    一生懸命生きていく中で、新しく出会う何かの中に
    おじいちゃんはいるのではないかと思う。

    おじいちゃんは確かに亡くなっていないし
    おじいちゃんっていぅ人生は終わった。
    空に向かってシャボン玉を吹いて、おじいちゃんにも見えるかな…とか思っている自分がいる。

    けど、また巡り会えると思い、それはいつだろぅかと思う自分もいる。


    矛盾してるし、きっとうちはまだ本当には理解できてない。

    だけど、おじいちゃんの死からしばらく経った今。

    自分の中で何かが見えて、
    おじいちゃんに対して
    周りの人に対して
    大切な何かが見えてきた。
    いろいろと気付いた中で。

    最後にわかったのは。

    一番確実な事実。


    うちは、気付かないうちに愛してました。


    大切な人はいつも隣りにいて
    幸せはすぐそばにある。

    思い出は過去にしかなくて

    今は未来に笑うためにある。

    そして

    愛は自分にすら見えない。

    だけどその瞬間も、その瞬間が過去になっても。
    いつになっても確実なものとして感じられる。


    愛する者に愛してる事を伝えていくのが。

    生きていく中で本当に大切な事なんだと気付いた。


    それが、おじいちゃんから最後に教わった事でした。